以前エントリーしたとおり、本日5月16日は「連帯の日」としてもともと休日だったものを「無給で働く日」とされた日である。
先週も毎日のようにこの「祝日削減」「無給で働く」ことについての報道がされていた。
フランス人のエゴイズムもここまできたか、と私は近年になくフランス人に失望してしまった。
反対理由の中には一理あるものもある。例えば、「いつも給与所得者だけが犠牲になるのはおかしい」「長い連休が減ってしまうと観光業の収入が減る」などである。しかしそれならば「自由業者にも同じ負担をさせろ」と叫ぶべきであって、ここで「だから働かない」という結論に達するということは所詮働く気がないことの現われとしか思えない。観光業については確かにそうだ。しかし彼らは数年前の35時間制導入によって恩恵を得ているはずである。結果がポジティブな時には黙っていて、ネガティブな時だけ大声で叫ぶというのはなんだかいただけない。
よく日本では「欧米ではキリスト教精神のおかげで無償の愛という概念が広まっている」などと言われるが現在のフランスほど「無償の愛」と程遠い民族はない。「カトリックの長女」と言われるほどカトリックの代表たる国のはずであるフランスだが無償で何かせよと言われると目をつりあげて反対する人々になりさがってしまった。
だいたい「無給で」というところがフランス人の気に障るらしいのだが、多くのサラリーマンは月給制だ。つまり1ヶ月の労働日数が20日であろうと19日であろうといちいち日割りで月給を算出したりはしない。だから今日「無給で」働いても月末にもらう給料はいつも同じである。が、「祝日出勤」と考えると別の理論が発生する。祝日の場合は祝日手当てが加算されるからである。つまり「祝日手当てをもらわずに出勤するのはイヤだ」ということになる。
また、単に休みたければ十分に有り余る有給休暇を使って休めばよいのであるが、「政府のせいで大事な有給休暇を一日無駄にするのはいや」なのだ。
今日が休みでなくなることによって「老いた両親に会いに行く日が減った」とまことしやかに叫ぶ人もいる。つまり、祝日を一日減らして老人や障害のある人のための資金を作るなどナンセンスで、もっと老いた両親と頻繁に会うことによって先刻の猛暑被害のようなことは防げるはず、という論理だ。しかし。連休ごとに必ず老いた両親のところに行くフランス人ばかりでないのは明らかである。また、身寄りのない老人にとっては連休だろうがなかろうが変わりはなく、猛暑の時にはこのような老人達が犠牲者となったことはすっかり忘れている人達だ。
今回のからくりは企業が従業員給与合計に対して0.3%を「連帯税」として政府に納める。企業はその税金を従業員に請求しない分、今日一日の「無給労働」として見返りとみなす、というものである。
関係記事がこちらで翻訳されているのでご参照を。
コメント(4)| Track back(0) | 2005年05月16日
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